クリエーションリサーチ(創造科学研究会)
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Qちゃんに教えて頂きました
想像論と進化論について詳しく書かれています
聖書の疑問に対する答えが書かれていますのでご覧になって下さい
未だに想像論は信じますが
宇宙人も信じてしまう私です
なぜなら私は宇宙人だからw
ほうれい線しわ美肌アンチエイジング美白フォトフェイシャルアシュラン政治宗教陰謀レプティリアンロスチャイルド
呂見男の遊びの世界
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昨日Qちゃんのお部屋に来ていた方に教えて頂きました
≫心のともしびサイト≪
シスターの実際の経験から語られるお話に涙が出る程感動します
どのお話も生きた内容で
これから生きてゆくうえでも 大変価値のあるお話なので
是非 全部見て下さい
テレビという項目にあるシスターのお話です
先ほど Qちゃんのお部屋で
キリスト教は後ろ指さされると言われましたので
あなたに聖句を一つ伝えたいと思います
マタイ
第7章
1)人をさばくな。自分がさばかれないためである。
2)あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
あなたの言葉をこの聖句にあてはめてみて下さい
人に後ろ指をさされると思っている
それはあなたの価値基準ではないでしょうか?
わたしは ひとにどう思われようと平気です
なぜなら それぞれ人の考えがあるけれど
自分の考えに自信を持っていれば
人の目などどうでもいい事です
1000人の中の999人が黒だと言ったとしても
自分が白に見えるならば
白だと言う事が大切であり
これから生きていくうえで
自分への自信に繋がるのではないでしょうか
伝道をしていると
Qちゃんのライブでもそうだけど
否定的な意見を言ったりする人や
聖書の信憑性に注目させようとする人が沢山いる
信仰とは 見えないものを信じる事
証拠を見なきゃ信じられない 証拠を見たら信じる
証拠を見れば誰だって信じますよ
今の時代は証拠を見ても信じない人も多いですが
無神論者も多いですが もしもいないとしても
いる事にした方が 犯罪は減ると思う
おまわりさんも親も先生も 何も恐いものがない時代になって
子供達が大人のいう事を聞かなくなって
大変な時代になっているじゃないですか
そんな時 神様がいたならどうでしょう
私は神は絶対いると思います
始まりもなく終わりもないαでありΩであると神が言われるように
信仰の意味って 見えない神の存在を認める事
そして大切な事は 真実を追究する事ではなく
真理を自分の生活にあてはめて生活する事だと思います
聖書は書き換えられていると言う説も私は認めます
しかしイエスの教えに目を向ければ
そんな事はどうでもいい事なのです
真理を知り 自分が幸せになり
皆が影響を受け 考え方が変化し 幸福になれば
それは真理なのではないでしょうか?
生きている時の救いとは
病気が治る事ではなく 裕福になる事でもなく
自分の心の持ち方が変わり 幸福感を得る事なのではないでしょうか
私には 聖書がどこで書かれ いつ書かれ 誰が書かされたかなんて
どうでもいい事なのです
ただ神が書かせた事だけを信じられればそれでいい
否定するくらいなら 聖書を読まなければいいのです


今日クリスマスツリーを作りました
作るといっても オリーブのツリーを買って そこに庭に沢山あるバラの実とネックレスを飾っただけのシンプルなものです
このフワーワーアレンジメントも同じく 庭で咲いている花を摘んで挿しただけ
今年は暖かいので まだバラやマーガレット、ユリオプスデージーが元気に咲いています
私は2月までエホバの証人をやっていたので
クリスマスを祝うという習慣がありませんでした
なぜならエホバの証人は
クリスマス祝っちゃ駄目
お正月祝っちゃ駄目
あせましておめでとう 言っちゃ駄目
誕生日祝っちゃ駄目
君が代歌っちゃだめ
仏壇だめ お墓だめ
人のお葬式で お焼香だめ 数珠もだめ
何もかも駄目でしたから
今急に メリークリスマス なんてなかなか言えないから
ちょっと苦しんでます
ずっと駄目って言われてた事をするのって
すごく抵抗があって
信仰でもそうだけど
今まで エホバ神を信じていて イエスも神の子で 聖霊も信じられて
それがキリスト教になると イエスと神と聖霊の三位一体の教理を信じなければならない
一体どっちを信じればいいのだろう
私は神の名前はエホバでないにしても 神を信じるし
イエスは神の子だと信じている
神とイエスが同じだと言う考え方は なかなか受け入れられない
引き続き 聖書を勉強して
組織にこうだから こうなのですと言う考え方に塗り替えらるのではなく
自分の心で判断して 心で聖書を読んで じっくりと方向を決めようかと思っています。
どうして世界は平和にならないんだろう
例え指導者が良くても、指導者が永遠に生きていない限り
世の中の平和は保てない
思想も人に影響を与えはするが時代と友に変化する
そんな時 思い浮かべて欲しいのは 何千年も前から伝えられてきた聖書だ
聖書が何故今まで伝えられ そして誰でも読む事ができるのだろう
それはやはり神の愛なのではないだろうか
聖書の中には 幸福になる方法が書かれている
愛情に満ち溢れた書物なのだ
私達現代人は いつの間にか世のロボットになってしまったようだ
心は一体どこに行ってしまったのだろう
今 こうして色々な不正が明らかになった今
どうしてこんな世の中になってしまったのか
一人一人が考えて見て欲しい
世界を平和に 住みやすい世の中にするには
一人一人の心が平和でなければいけないのではないだろうか
あなたの隣にいる人と上手くやっていけますか?
あなたの恋人や 友達と仲良くやっていまあすか?
みんなにそれが出来ない限り 世界が平和になる事はできないのではないでしょうか
聖書の中の イエスキリストの言葉
一番大切な事は
神を愛する事と
隣人を愛する事です
一度この言葉の意味を考えてみて下さい
世界を平和に導く方法は 隣人を愛するという言葉に凝縮されているのです
このクリスマスを機会に イエスキリストの言葉に耳を澄ましてみてください
妻が夫に従わなければいけない理由
創世記2章
23)そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
24)それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。
コリント第1 11章
3)しかし、あなたがたに知っていてもらいたい。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。
8)なぜなら、女が男から出たのだからである。
9)また、男は女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのである。
隣人を愛する
マタイ5章
43)『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
44)しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。
45)こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。
46)あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
47)兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。
48)それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
祈り
マタイ6章
8)だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。
9)だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
10)御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
許す
14)もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。
15)もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないであろう。
神の愛
25)それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
26)空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
27)あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
28)また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
人を裁く前に自分を知る
マタイ7章
1)人をさばくな。自分がさばかれないためである。
2)あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
3)なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
4)自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
5)偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
12)だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。
天国に入るもの
13)狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
14)命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
15)にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
16)あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
17)そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
18)良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
19)良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
20)このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。
21)わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
22)その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
23)そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
24)それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
25)雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
26)また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
27)雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
聖書教えの中で一番大切な事
マタイ22章
36)「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。
37)イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
38)これがいちばん大切な、第一のいましめである。
39)第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
40)これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。
子どもならばとても簡単な事なのですが
大人になると ずるくなったり 欲や 余計な情報が入りすぎて難しくなります
大切なお友達に・・・
大変な病気だと聞き 嘘であって欲しいと願うばかりです
ながい付き合いではないけれど 中身は濃いと思うのです
話を聞いたとき 友達と二人泣きました
私達 死を宣告された事のないものにとっては 未知の事で
本当にあなたの気持ちをわかってあげる事ができず
励ましているつもりが 余計に苦しめる事もあるかも知れません
今もこうしてる間に 感情がこみ上げてきて つらいです
あなたは聖書の事は どちらかというと否定的でした
けれど あなたが病気で苦しい時だからこそ
希望を捨てないように 私は伝えたい
生きるにしても 死ぬにしても 希望はきっとあなたを救ってくれ
気持ちを楽にしてくれることと 私は信じています
この先あなたがどれだけ生きられるかわかりません
わたしだってあなたより長く生きているから
わたしの方が先かも知れません
私は 人の命は 生命力だと思っています
病気で死ぬんじゃない
もうだめだと思ったときに すーっと消えてゆくろうそくの炎のように
お願いだから あなたに人間として大切なものをもらった私の為に
そしてあなたを応援しているみんなの為に
希望を捨てないで また元気になってください
そしてまたいつか会えると信じます
あなたに聖句を送ります
ヨハネ黙示録21章:4節5節
4)人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
5)すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
神は必ず私達を健康な状態にすると約束しています
■人間は短い人生で死んで行きます、そんな短い人生の為に造られたのでしょうか■
創世記1章27節-30節
27)神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
28)神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
29)神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。
30)また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。
創世記2章15−17節
15)主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。
16)主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
17)しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
神は人を永遠に生きさせる事が目的でした
上記の聖句の後 アダムとエバは蛇にそそのかされ 神にそむき
その実を食べてしまった為に 人は死ぬ事となりました
しかしその後 憐れみ深い神はこの地上に
アダムとエバが犯した罪により生れながらにして罪びととなった
私達人間の罪を拭い去るため イエス キリストを地上に使わせ
贖いとしてささげららました
イエスキリストの命の犠牲により
私達には永遠の命の希望が与えられたのです
詩篇37:29
29)正しい者は国を継ぎ、とこしえにその中に住むことができる。
聖書を深く知ることにより
ジクソーパズルのように断片的に散らばった聖句が
少しずつ繋がってゆくのを感じます
ストーリーを読んだだけではわかりにくくなっているので
是非 心でもう一度聞いてくれる事を願います
聖書は何を言っているのか
私達人間に何を言いたいのか
どうして世界中に伝えられ ホテルにもあるのでしょうか
それは戦争をするためではありません
過去にも現在にもクリスチャンを名乗った組織が戦争たのであって
真のクリスチャンは愛と平和に満ち溢れています
この先苦しみが増した時
地獄のような苦しみに襲われた時
私はあなたを助けてあげる事ができないから
どうか 聖句をもう一度見て
そのあなたの汚れのない心で読んでみて下さい
希望の光が見えてくると信じています
今日は信仰について色々と考えてみたいと思います。
私がエホバの証人だった事は以前のブログでもお伝えしましたが
とりあえず今の現状から逃げ出すために救いを求めている人は
どこかの新興宗教に入るのも良いかも知れません(創価・天理教・エホバの証人・真光教)
でもこれだけは言っておきます、入ったら抜けるのが大変だと言う事と、お金がいる事です
新興宗教の人達は伝道活動(勧誘)を熱心に行っているので
まずは宗教の教えよりも人間関係で引き込み
大歓迎であなたを迎えてくれる事でしょう
しかしそれと同時に、あなたのお金も迎えてくれますw
考えなければいけない事は
それって避難所に逃げ込んだだけで
自分の中では何も変わっていないんです
自分が変わりたければ努力が必要になります
さてそれらの宗教は自分を変えてくれる宗教でしょうか
私がいたエホバの証人は なぜいけないかと言うと
洗脳で入信させるからです
聖書の解説書のような出版物や
勉強をする機会も沢山あって
誰でも喜んで教えてくれます
今になって思うと 聖書を深く学べエホバの証人でいた事は良かったと思います
あの宗教もそんなにこれが正しい、これが駄目駄目と言わず
常に自分で選択できるような宗教ならばそう問題はないのだけれど
今日Qちゃんの伝道部屋で
幸せってなんですか?と質問した人がいます
幸せって自分が感じるもので
もしはたから見て幸せに見えても 本人が幸せと思わなければ
その人は幸せではないのです
ボロ屋に住んでいて幸せと思う人と
豪邸に住んでいて何も感じない人と
どちらが幸せでしょうか
私が好きなイエスの言葉を紹介したいと思います。
マタイ6章:25節
「このゆえにあなた方に言いますが、何を食べまた何を飲むのだろうかと
自分の魂のことで、また何を着るのだろうかと自分の体のことで思い煩うのをやめなさい
。魂は食物より、体は衣服より大切ではありませんか。
25節
天の鳥をよく観察しなさい。種をまいたり、刈り取ったり、倉に集め入れたりはしません。
それでも、あなた方に天の父はこれを養っておられます。あなた方はそれらより価値の
あるものではありませんか。
天の父は愛情深く人間を見守っておられ
またイエスキリストを贖い主としてこの世に遣わせました
イエスキリストの贖いとは
人間は創世記の中にあるように、神が食べてはならないと言った
知識の実を食べてその時から罪が入り不完全になりました
ですから人間は全て不完全なので罪を犯します
神に言われた事を守らなかった為に死ぬ事となりました
イエスキリストがこの世に使わされた理由は
神の愛なのです
そしてイエスキリストは十字架にかけられ
イエスキリストの血の犠牲によって私達を罪から解放してくださったのです
創世記では生贄は動物で行われましたが
人間の罪を許して頂くには完全な人間の血でなければなりませんでした
キリスト教の信仰の一番重要な事はこの贖いなのです
イエスキリストの贖いにより 私達不完全な人間も
悔い改める事で天国に行く事ができるようになったのです
その事を信じる事により 感謝の気持ちが生まれます
感謝の気持ちが生まれると自然とイエスが言われた
ガラテア5章:22節 霊の実
霊の実は、愛、喜び、平和、辛抱強さ、親切、善良、信仰、温和、自制です。
とある、この霊の実に自然と気持ちが傾いて行くのを感じられるようになるでしょう
教会に行く目的は
不幸があるから行くのではなく
イエスの贖いの事を忘れずに
同じ気持ちでいる仲間達と励ましあい
より深く真理を知って自分も霊的に成長する為です
霊的に成長をしてくると人の為に伝えたいと思うようになります
暗闇で方向を見失っている人達を助ける為に伝道をするのが
本当のクリスチャンの姿です
十字架を身に着けクリスチャンを名乗り戦争をしたり、平気で犯罪を犯したりする
そういう人達は形ばかりの偽クリスチャンで
本当に大切な事は、イエスの教えを守り行う事なのです
お経を唱えているだけの宗教とは全く違うわけです
イエスの贖いと聖書を読み理解して守って悔い改めて
はじめて真のクリスチャンと言えるのです。
私は子供の頃から教会に行ってイエスについて学びたいと思っていた
けれど 私のまわりにはクリスチャンがいなかったので学ぶ機会はなかった
20歳の時にモルモン教に入ったけれど
モルモン教は聖書よりもモルモン教の教典を重要視する所が
どうも信用できなくてやめた
その後聖書を弟かたもらって見るようになった
結婚してエホバの証人と勉強をして熱心にやってたけど
ある日自分が汚く思えて勉強をやめた
その後マインドコントロールや宗教関係の本を
図書館に通って読みあさった
それと同時に 近くのプロテスタントの教会に通ったけど
なんだか違うように思えてやめた
それから13年があっというまにすぎ
またエホバの証人と勉強する事となった
一年半程まじめに勉強して勉強して勉強しまくって
努力して努力して過ごした
結局やめた理由はというと
神は全ての人を救うように言われたはずなのに
かなり歳をとったおばあちゃんに伝道をしていた後
さっきのおばあちゃんはいい人だから
私は聖書を伝えたいというと
長老の奥さんが「あまり動けないし歳だから無理だと思う」
その一言を聞いて 矛盾を感じた
聖書は全ての人に延べ伝えて
全ての人を救いたいんじゃなかったのかと
とてもショックだった
そしていつも祈るように言われていたので
祈った
「天のお父様 正しい道へと私を導いて下さい 真実を私に教えて下さい」と
私は自分が幸せになるために勉強を始めたのではなく
自分が成長したいと思ったから
勉強をするうちに幸福感がついてきた
マタイ11章:28節
全て労苦し、荷を負っている人よ、わたしのところに来なさい。そうすれば
わたしがあなた方をさわやかにしてあげましょう。
最初はこの聖句がいっている事が理解できなかった
聖書を深く学ぶにつれ それがどういうことなのか理解できた時
聖書の素晴らしさをみんなに伝えて
みんなが幸せになるお手伝いがしたい
そう思うようになった
キリスト教には色んな宗派があって
カルト教団と言われている所もある
私が一番大切だと思う事は
聖書を正しく理解する事だと思うから
派によって教える事が違うと言う事を頭に置いて
自分が冷静に判断する必要があると言うこと
会に所属する事は後で
一番はイエスの教えだから
会はあくまでも同じイエスを信じている人達と
励ましあい学ぶため そして伝道する為の家
私は暫くの間Q-CHAN部屋に通って
聖書を学び 冷静に判断して
そこの教えが正しいと思ったら
近所で同じ派の教会に行こうかと思う
イエスの教えは例え話が分かりやすく
誰でも自分に当てはめて考え
幸せに、力を抜いて、生きる為の知恵(法則)が沢山あるから
生きていて まだ幸せだとしみじみ感じた事のない人は
一度Q-CHANの聖書の話を聞いてみて下さい
迷った時・寂しい時・悲しい時・怒った時
きっと足元が照らされ 導かれる事でしょう
これは学んで そして体験して 感じた事です
聖書は今まで伝えられ
書き換えられた部分もあるかも知れないけれど
小さな子供でも理解できる教えは
とても素晴らしいと思うから
どんなに偉い人や頭の良い人の書いた本など問題にならない
これはやはり神が書かせた言葉だと思う
今日の日曜礼拝
霊的に成長する
忍耐強く一歩一歩成長する
生きている人は飢え乾く
霊的な食物が必要
主にあって生きている
羊が集められる羊は天の父に守られる
世の中の人達はサタンに滅ぼされて殺されている
伝道は狼から救う事
私達は他の人を滅ぶ事を悲しみます
イエスキリストが十字架にかけられたのは
命を捨てて沢山の羊を守った
油注ぎを受けるとサタンから守られる
ヨハネ10章:1節(羊とやぎの例え)
まことにあなた方に告げます・・・
ヤコブ書1章:2節
わたしの兄弟たち、さまざまな試練に遭うとき、それを全て喜びとしなさい。
(信仰が忍耐を生み出す。)
聖餐式の意味
イエスが私達の為に死んで下さった事を再確認するために行う
パンはイエスの言葉
ぶどう酒はイエスのからだ・命の水
感謝 感謝 とやたら感謝を使いたがる人がいる
感謝って口にだして言うものかなあ
私は良く言われるんです。
「あなたのおかげ、本当に感謝しています」
だけど悲しい事にそれが最後のあいさつみたいな・・・
簡単に感謝しているって言う人に限って感謝の気持ちがないような気がします
あなたのおかげ本当に感謝しますと私をいつも利用する人がいます
その人は感謝の連発で私を持ち上げておいて、おまけに
感謝を口に出さない私に「感謝の気持ちがない」と言います
感謝って心の中で思う事じゃないかな
私は口には出さないけれど
この美しい自然や
人が住める状態に整えられた地球環境
そして世の中の為に一生懸命働いてくれている人達
毎日おいしいものが頂ける事
沢山の事を感謝しています
本当に感謝していればしている程
口に出して言う事じゃないと
私は思うのですが
人に感謝の気持ちがあれば
感謝していますではなくて
いつもありがとうとでいいのではないでしょうか
マタイ5章3節〜11節
3:自分の霊的な必要を自覚している人たちは幸いです。天の王国はその人たちのものだからです。
4:嘆き悲しむ人たちは幸いです。その人達は慰められるからです。
5:「温和なき気質な人たちは幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。
6:「義に飢え乾いている人たちは幸いです。その人たちは満たされるからです。
7:「憐れみ深い人たちは幸いです。その人たちは憐れみを受けるからです。
8:「心の純粋な人たちは幸いです。その人たちは神を見るのです。
9:「平和を求める人たちは幸いです。その人たちは「神の子」と呼ばれるからです。
10:「義のために迫害されてきた人たちは幸いです。天の王国はその人たちのものだからです。
11:「人々がわたしのためにあなた方を非難し、迫害し、あらゆる邪悪なことを偽ってあなた方に言う時、あなた方は幸いです。
山上の垂訓は、イエスがバプテスマを受けた後、山に上られ言われた有名な言葉です。
箴言19章11節
人の洞察力は確かにその怒りを遅くする。
違反をゆるすのはその人の美しさである。
呂見男解説
意味としては読んだそのままです。
ゆるすというのは簡単そうでとても難しい事ですね。
怒りは自分の中から自然に生まれてくる感情です
それとは反対に、ゆるす事には自分の努力やその相手や状況を
洞察する力が必要になるわけです。
許す事のできる人は呂見男も、美しい人だと思います。
呂見男は昔から普段はあまり怒らない
おっとりとしたタイプの性格です
ですがこれだけはだめだという時には
突然切れたりします。
これも私の性格にとっては必要であるのかも知れませんが
最初から切れない性格になっていれば
ストレスもためずにすむわけです
呂見男は聖書を二年くらい前から真剣に勉強して
自分の考え方を客観的に見ることができ
色んな事を許せるようになりました
許せるようになると生きるのがとても楽です
自分を変えるという事は
まず自分で自分を評価するのではなく
思い込みではなく、自分を知る必要があるのです
聖書は細かい節で書かれていますので
必要な部分を抜き取って自分に当てはめる事ができるのです
聖句を読んで自分の考えと食い違ったいる時
そこは自分の直すべき部分なのだとわかるようになります。
そうして自分の短所をどんどんと修正して行くことができるのです。
聖書の事を書いていて勧誘しているみたいですが
呂見男はもう宗教にはこりごりしています。
各宗派はそれぞれにこの宗教が正しいと言います
真実は一つです。
そうなれば一つ以外のものはみんな嘘になるのではないでしょうか。
数え切れない宗教の中でその確立を考えると
真実を知る事のできる人はいったいどれくらい少数なのでしょう。
それぞれの宗教には良い部分が沢山あるかも知れませんが
宗派によって言っている事が違うという事は
やはり人間が作った宗教だという事です。
私たちはその良い部分だけを自分のフィルターにかけ判断する必要があります
例え表向きには良いことを行っているように見える宗教でも
一つの組織に依存するの事はとても危険な事です
依存した結果がオウムだと思います。
純粋に信じていたからこそああいった事が起きてしまったのです。
あなたの依存している宗教も
ある日気が付くととんでもない所に向いているかも知れませんよ。
今日はマタイから私の好きなの聖句を紹介したいと思います。
マタイ:6章24節-28節
24 「だれも二人の主人に奴隷として仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛するか,一方に堅く付いて他方を侮るかのどちらかだからです。あなた方は神と富とに奴隷として仕えることはできません。
25 「このゆえにあなた方に言いますが,何を食べまた何を飲むのだろうかと自分の魂のことで,また何を着るのだろうかと自分の体のことで思い煩うのをやめなさい。魂は食物より,体は衣服より大切ではありませんか。
26 天の鳥をよく観察しなさい。種をまいたり,刈り取ったり,倉に集め入れたりはしません。それでも,あなた方の天の父はこれを養っておられます。あなた方はそれらより価値のあるものではありませんか。
27 あなた方のうちだれが,思い煩ったからといって自分の寿命に一キュビトを加えることができるでしょうか。
28 また,衣服のことで,なぜ思い煩っているのですか。野のゆりから,それがどのように育っているか,教訓を得なさい。労したり,紡いだりはしません。
Look at the birds of the air,how they neither sow ner reap nor gather intobarns
but your heavenly Father feeds them . Are not you more valuable than they?
イエスは鳥や花に例えて物質主義に陥らないようわかりやすく話しています。
この豊かな時代であるからこそ物質主義に陥らないよう注意をはらって
内面的な部分に目を向けたいものですね。
自分のことばかりを考えて、富を追い続けるならば
小さな事に幸福を感じることはないかも知れませんね。
目の前にある事に幸福感を感じられる程
すばらしい事はないのではないのでしょうか。
エレミヤ10:23
地の人の道はその人に属していないことをわたくしはよく知っています。
自分の歩みを導くことさえ、歩んでいるその人に属しているのではありません。
呂見男解説
人はいくら沢山の事を学んだり経験したとしても
ゴール地点が見えているわけでもなく
また善悪の判断一つにしてもそれは自分の中にある基準に過ぎず
ある国では良い事が違う国では悪い事であったり
自分の考えや思いで生きていると思っていても
その道を振り返れば後悔があったり
人間は生まれながらに不完全であるので
どんなに立派な人であっても間違いを犯さないとは限らない
簡単な例で考えてみましょう
たまたまナイフを持ってりんごをむいていた女の人がいました。
そこに以前からお金を貸している昔の悪友がやってきて
女の人はその男性にお金を返して下さいと丁重に返済を求めました
するとその男性は俺と今日寝たら返してやると笑いながら襲い掛かりました
女の人には婚約者がいて、もうすぐその婚約者が来る事になっています
男性に押し倒された時女性は持っていたナイフで男性を刺してしまいました
この女性は普段から一生懸命仕事をして寝たきりの親の介護をしているとても良い女性でした。
さてこの女の人はこの結果を予知できたでしょうか
どうしてこんな事件になってしまったのでしょう
生きていると言う事は、たまたまその時に同じ時間同じ場所で遭遇した
為におきてしまう現象があると言う事です。
それは頭では予測もできない事です。
人が生まれてから自分が描くビジョンに沿って生活していると思っていても
そのビジョンはただの投影でしかないのです。
私が聖書と出会ったのは20歳の時です
「アノ、モシ、スイマセン、アナタハカミヲシンジマスカ?」
あれです。あの外人二人組みの モルモンです
話を聞いてすぐにバプテスマ(水に浸かり献身する儀式)を受けたが
無理やり教える立場にされて逃げ出した
その後プロテスタントの聖書を読む
15年前近くの人に勧められ聖書を勉強
あのおばさん二人組みの早朝から迷惑極まりない宗教
しかし洗脳と気が付きやめる
それからプロテスタントの教会に暫く通う
変だと思いやめる
その後どこにも所属せずに聖書をたまに見る
2年前、悩んでいる時に再度二人組みに勧誘され勉強を始める
すごい勢いで勉強してまたまた洗脳されてゆく
9月には神権宣教学校で伝道のトークを学ぶ
10月に伝道開始
2月に、その宗教のハードさと仕事の両立に疲れ
不振に思い宗教の実態調査を始める
真実を知り
「こんなものやっとれるか!」とスパッとやめる
聖書も何もかも箱に入れ封印
しかし聖書の言葉には良い教えが沢山あるので
また引きずり出してきました。
やっぱり良いことは聞いた方が良いので
伝道ではなく
生きて行く上で役に立つ話を紹介して行こうと思います。
聖書のストーリーとしてはどの宗派も変わりはないのですが
翻訳の仕方によりかなり開きのある部分もありますが
言っている事が同じ部分だけを紹介しますので
その点問題はないと思います。
私が引用するのは新世界約聖書日本語版です。
聖書は旧約と新約聖書で成り立っています
地球の誕生から書かれた、アダムとエヴァの話
新約聖書はイエスが誕生してからの部分となります。
おおまかなストーリーとしては
神が地球を人間の為に地球を創造して
そこに人が満ちるように計画して
最初のアダムにアダムを創り
アダムのあばら骨を1本とってエヴァを創った(クローン人間と考えれば信じられなくもない)
女は男のあばらからできたので夫に服する様にと教えているのです。
なので神は男女平等を認めません
私としては妻は夫に従う方が絶対にうまくゆくと思います。
その理由についてはいつか詳しくお話しましょう。
神はアダムとエヴァに永遠の命の約束をして、この地球を楽園にする計画でした
すると天にいたみ使いの一人が
自分が神になって支配したいと悪い気を起こしました
その時そのみ使いはサタンとなりました
サタンは蛇に化けてエバに嘘を言って
神が食べてはいけないと言った知識の木の実を食べるようにそそのかします
「その実を食べる日にはあなたの目は開け神のようになると」
その木の実を食べた時から人は死ぬようになりました。
そして人に罪が入りどんどんと不完全な人間が不完全な人間を産み
世の中は悪い世の中となりました。
神は殺しあったりする人間を裁くために何度も滅ぼしてきました
そして天にいたイエスをこの地に派遣したわけです。
イエスは述べ伝え永遠の命の希望を伝えます
そして処刑されるのですが
その血は人間の罪の贖いとして
神に捧げる事により
イエスキリストの命と引き換えに
人の罪が許され、永遠の命の希望をもてるようになったわけです。
そしてハルマゲドン(神の裁きの日に)悔い改めた人が
永遠の命を受けて
死んだ人も復活すると言ったストーリーです
その中にイエスの言ったすばらしい教えが沢山練りこまれているわけです。
次回は私がいつも本当にそうだと思う聖句の解説をしましょう。
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